マニュアル・セラピー

マニュアル・セラピー、あるいはマニュアル・メディスンは、日本語では徒手療法あるいは徒手医学と訳されている。日本に於ける公認医療の現場で行われる手技的治療であり、理学療法(Physical Therapy)の一部として法的に医療と認められているものである。

19世紀には、英国米国に於いて整骨師(bone-setters)が活躍していた。そしてマニュアル・メディスンの分野に大きな影響を与える2人の人物が現れた。1人は、オステオパシー医学を提唱したA.T.スティル医師であり、もう一人は、カイロプラクティックの創始者であるD.D.パーマーである。20世紀になると、正統医学の中にマニュアル・メディスンの関心が集まり、ジェームズ・メネルとエドガー・シリアックスが関節のマニピュレーションをロンドンの医学会に認知させた。次代のジョーン・メネルは北米徒手医学会(NAAMN)の設立に参加し、オステオパシー内科医に対しNAAMN会員の門戸を開かせ、ジェームズ・シリアックスは整形外科の領域にマニュアル・メディスンの方法を編み込み、整形外科学会(SOM)を設立し、理学療法士の教育と育成に尽力した。これらの歴史的経緯を観ると現在のマニュアル・セラピー、あるいはマニュアル・メディスン、理学療法は非正統と正統の医学の合作である事が分かる。今日でも日本に於いては、オステオパシー医学もカイロプラクティックも非正統医学であり、その子である理学療法のみが正統医学と認められている。実態と名称は相対的なものだと言える。

徒手療法は文字通り徒手による治療方法で、神経筋骨格系の機能不全を評価し治療する体系的な方法である。治療の目的は痛みを軽減させたり、運動性を正常化させたりして、機能の正常化をはかる事である。その手段としての手技には、マニピュレーション(manipulation)、モビライゼーション(mobilization)、マッサージ(massage)などがある。

マニピュレーション
広義には、「運動を回復させるための熟練した治療手技」を意味し、「マニピュレーションの目指すところは、姿勢バランスのとれた痛みのない筋骨格系の最大限の動きを回復することにある。」と定義されている。
狭義には、「高速で振幅の小さい関節への他動運動」とする。これを関節マニピュレーション、またはスラストマニピュレーションともいう。
モビライゼーション
「ゆっくりした速度の比較的振幅の大きい他動運動」を意味し、関節の可動域が減少した場合に関節モビライゼーションが用いられる。また神経組織の可動性が制限された場合には神経組織モビライゼーションが用いられる。
マッサージ
軟部組織に対するモビライゼーションであり、筋やその他の軟部組織の機能不全を改善するために用いられる。横断的摩擦マッサージ、機能的マッサージなどがある。

マニュアル・メディスンの原理

手技療法は、人体の60%以上を占める筋骨格系に焦点を当てて、筋骨格系そのものの病気や機能障害を評価し、病気や内臓の異常が体性的に影響する症状をも評価する。

手技的な操作は、筋骨格系で機能的に運動制限の起きている部位に対して可動性を高め、痛みを緩解させるために主に使用される。痛みをとることを中心にする立場もあれば、筋骨格の可動性を高めることの影響を中心とする立場もある。手技操作が適切に使用されるとき、筋骨格系の痛みを解消し、患者の健康状態を高め、複雑な病的過程からの回復を進めることの臨床的な有効性が注目されている。

筋骨格系
系統解剖学的に人体の構成要素の最小単位は細胞であり,細胞が集まって組織を作り,組織が集まって独立した器官をつくり,器官が集まってひとつのシステム系をつくる。
人体を系に分類すると,運動器系,脈管系,消化器系,呼吸器系,泌尿器系,生殖器系,内分泌系,感覚器系,神経系に分類される
運動器系はさらに骨格系,筋系,関節と靭帯、に分類されることがある。徒手的療法の世界では,これらをまとめて筋骨格系、これに神経系を加えて神経筋骨格系として扱われることがある。

手技療法に於ける5つの基本概念

手技療法の分野では、相互に連関しあい全体的に統一された有機的組織体として人間を捉え、筋骨格系をその一部として、より広い見地から捉えている。手技療法を実践するにあたって有効と考える5つの基本的な概念がある。


  1. ホリスティックな存在である人間
  2. ホリスティックとは
    ホリスティックは、holisticで、語源はギリシャ語のholosです。「全体」とか「全人的」などの意味があり、ホリスティック医学は日本では全人的医療とか包括的医療などと訳されています。ホリスティック医学という概念が生まれたのは1920年代のアメリカですが日本でも、さまざまな運動が始められてきました。
    @、ホリスティック(全的)な健康観に立脚する: 人間を身体、心、気、霊性等の有機的統合体としてとらえ社会、自然、宇宙との調和に基づく包括的、全体的な健康感をもってのぞむということである
    A、自然治癒力を癒しの原点に置く: 生命が本来、自らのものとして持っている自然治癒力を癒しの原点におき、この自然治癒力を高め、増強することを治療の基本とする
    B、患者が自ら癒し、治療者は援助する: 病気をいやす中心は患者自身であり、治療者はあくまでも援助者である。治療よりも養生が、他者療法よりも自己療法が基本であり、ライフスタイルを改善して患者自身が「自ら癒す」姿勢が治療の基本となる。
    C、さまざまな治療法を総合的に組み合わせる: 西洋医学の力を生かしながら、伝統医学、心理療法、自然療法、食事療法、運動療法などの種々の療法を総合的、体系的に組み合わせて最も適切な治療を行っていく。
    D、病への気付きから自己実現へ: 病気を自分への警告ととらえ人生のプロセスの中でたえず「気づき」の契機としてより高い自己成長、自己実現を目指していく。
  3. 神経をもつ人間
  4. 身体のすべての機能はなんらかの形で神経的な制御を受けている
    @、体性求心反射路は、皮膚、筋、関節、腱の侵害受容器、機械刺激受容器、固有感覚受容器からのすべての求心性刺激は、脊髄神経節の後根を通して入ってきて、直接あるいは間接に骨格筋に遠心神経線維を出す前角神経細胞に連絡する。
    A、内臓性求心反射弓は、内臓の感覚系から求心性の神経が中間外側核でシナプスし、さらにそれから交感神経節鎖あるいは傍系の神経節において運動性の神経である節後神経とシナプスし、目的の内臓器官に達する。
    B、皮膚の立毛筋、血管の血管運動トーン、汗腺の発汗活動が交感神経の反射弓によって支配されている。
    C、これらはは互いに関連し合って、体性の求心神経は内臓性の遠心神経に影響し、内臓性の求心神経は体性の遠心神経に反映する。上下の各脊髄分節レベルから上行と下行する経路があり、さらに上位の大脳からの経路がある。
    D、更に忘れてはならない神経的な概念は自律神経系のことである。自律神経は2つに分類される。副交感神経と交感神経である。
     副交感神経の中で最も大きくしかも広範囲に及んでいる神経は迷走神経である。迷走神経は頚のつけねから下行結腸の中間部に至るすべての内臓、心臓血管、肺、胃腸系に分布し、すべての腺と臓器の平滑筋に神経支配が及んでいる。多くの薬理的な作用は副交感神経の活動を変えるが、特に迷走神経へ作用する。
     交感神経線維は、副交感神経系と同様にすべての内臓に神経支配が及んでいるが、その組織的な形は異なっている。交感神経系は分節的な組織構成となっている。横隔膜の上の内臓はすべてT4とT5より上位の節前神経の支配を受けているのであるが、横隔膜より下の内臓はT5以下の節前神経の支配を受けている。
     ある内臓がある筋骨格部分に関連を持つということは、このような分節的な組織化と関連している。筋骨格系は交感神経からの神経支配が及んでおり、副交感神経の支配が及んでいない。
    E、大脳の意識的なあるいは無意識的なコントロールは神経系を通して、刺激に対する反応に影響を与えている。
    F、神経内分泌制御:神経系はもう一つの制御システムである内分泌系とも密接な関連をもっている。エンドルフィン、エンケファリン、サブスタンスPなど、神経伝達物質について解明されることにより筋骨格系における生化学的な変化が何故に全身的な機能を変えうるのか、そのメカニズムのいくつかについて明らかになってきている。
    G、神経栄養輸送:神経系は強力な滋養機能を持っている。きわめて複雑なタンパク質と脂質の複合体が神経の軸索の中を前進・逆行し、シナプスを越えて目的器官へと至っている。神経栄養輸送が変化を受けることは器官の健康状態に悪影響を及ぼす。
  5. 血液循環のある人間
  6. 循環器系
    @、細胞の機能は、循環系の動脈によって供給される酸素、グルコース、そのほか代謝に必要な物質に依存している。
    A、心臓のポンプ機能は中枢神経系、特に自律神経から心臓神経叢を介して密なコントロール下にある。血管は自律神経の交感神経を通して、血管運動トーンのコントロールを受けている。動脈は、身体の筋膜系に包まれており、圧迫やねじれのストレスを受けやすく、標的器官への動脈による血液供給の障害となる。
    B、細胞が代謝をすると、その排泄物が速やかに取り除かれなければならない。これには圧の低い循環システムである静脈系とリンパ系が排泄物の輸送にあたる。静脈とリンパ系は、その推進力を筋骨格系に依存する。低い圧力のシステムでは横隔膜が主要なポンプとなる。横隔膜が広く筋骨格系と連結しているということと、また頚椎レベルから横隔神経による神経支配があることから、筋骨格系のどのレベルにおいて変化があったとしても、横隔膜の機能が損なわれ、結果的に静脈とリンパの還流に影響を与える。
    C、筋骨格系の機能に関与するもう一つの循環の概念はリンパ系であり、静脈系の終端位置に続いて機能している。胸郭上口部の生体力学的な変化、特に筋膜の連続性からの変化によって、静脈に開くリンパ管の薄い壁は影響を受けやすい。
    D、筋骨格系の最大限の機能は、循環の効率性と全身の細胞をとりまく内なる環境にとって重要な役割を担っていることである。
  7. エネルギーを消費する人間
  8. 筋骨格系は全身の60%以上を占めるというだけでなく、エネルギー消費においても最大である
     筋骨格系に機能障害があると効率が悪くなるため、それを補うために増大する活動だけでなく正常な活動を維持するためにもエネルギーの要求は増大する。
     下肢の主要な関節の運動制限は正常な歩行のエネルギー消費の40%もの増加をもたらす。もし同じ下肢で2つの主要な関節部分で運動制限があったとすると,300%ほどのエネルギー消費の増大となる。身体の筋骨格系に広く幾つも小さな運動制限があったとしても、正常な歩行を維持するということだけでも、身体全体の機能に対して有害な影響を及ぼす。
  9. 自己調節を行う人間
  10. 身体はいつ如何なる時においても、文字どおり何千という自己調整の機構が働いている
     治療者の目的は、病気の回復を助けるために身体のすべての自己調整の機構を高めることである。治療者は治療の過程で絶対に必要なこと以外で患者の自己調整に干渉してはならない。
     患者さんに対して外から与えるものについて、有益な効果だけでなく有害性も考慮しなければならない。

手技操作の可能な障害

マニュアル。メディスンが取り扱うことは、手技操作の可能な障害を確認し、適切な処置によって状態を改善することである。

マニュアル・メディスンの分野ではこの障害の実体について、実にさまざまな、時には混乱させられるような用語の定義が溢れている。オステオパシーの障害(osteopathic lesion)、カイロプラクティック・サプラクセーション(chiropractic subluxation)、関節のブロック(joint blockage)、関節のあそび消失(loss of joint play)、関節の機能障害(joint dysfunction)、その他にも数多くある。

現在のところ、この障害を表すに適した用語は、体性機能障害(somatic dysfunction)である。そして、以下のように定義できる。

体性機能障害
身体システム(体の骨組み)、すなわち骨格、関節、筋膜、およびそれに付随した血管、リンパ、神経の各構成要素の、損傷あるいは機能異常または機能的変化

注目されるのは、病態や疼痛症候ではなく筋骨格系の機能的な変化が強調されていることである。明らかに、体性機能障害があるとすれば、血管、リンパ、神経機能に異常な変化が起こり、疼痛や病気の実体を伴うさまざまな症状が表れてくるであろう。体性機能障害の診断は、それ単独で診断もありうるが、その他多くの診断で併用されることもある。構造診断の技術は、体性機能障害を確認し、患者の症状や病気の進行状態に重要な問題となっているかどうか確認することである。

体性機能障害を診断するための3つの基準

体性機能障害を評価する基準はARTによって特定できるとされています。

[トップ][戻る]